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「パラダイス・ナウ」「オマールの壁」を見た。なんだろう、この……



 「オマールの壁」は去年、偶然なにかの拍子にタイトルを目にしたんですよね。そんで「なにこの映画、観たい」って思った直後に「日本での上映が既に終わってる」ことを知り、ショックを受けて。DVD探そう~(涙)って思ったんですよ。

 そんでDVDを探そう探そうと思って実行に移すことをせず、かれこれ1年。そしてまた偶然twitterを見てたら↑のtweetを見つけて。「わあああ!!(歓喜」と上記2本をぶっ続けで観てしまった。徹夜だね。気が付いたら夜が明けてたよ(現在、朝の7時ぴったり)。


 それじゃ、可能な限りネタバレなしで行くで!

「パラダイス・ナウ」のパラダイスって何処だろう?

 原始の地球こそ天国で、人間の築き上げた世界は地獄に他ならない。
 人生は生き地獄。そして地獄の沙汰も金次第。
 ……というのは、あくまで自論です。この映画にはなんも関係ないけど。自分はそう思っている。


 つまりですね。結論を言うと「オマールの壁」も「パラダイス・ナウ」も、バッドエンドどころの騒ぎじゃねぇんですよ。

 でも、なんだ。強いて言うならば「パラダイス・ナウ」のほうが(主人公からすれば)救いがあったのかもしれない。でも家族や友人たちは地獄の中を生きることになるんだろう……――うぅぅ……。

 登場人物はWikipediaを参照。「パラダイス・ナウ」のあらすじは、ざっくりいうと「ジャマールっつーあくどいヤツ(表の顔は教育者、裏の顔は自爆テロ斡旋マン)にまんまんと乗せられた主人公サイードと、その友達のハーレドがテルアビブで自爆テロを試みる。しかしモロッコから帰ってきたスーハという女性がふたりの邪魔(または説得)をしに来て……――?」ってなとこでしょうか。

 ネタバレなしとはいえ、これ簡単にオチは予測できるか。あぁー……。

 まあ、それはさて措き。この映画、ラスト2分ほど無音が続くんですよ。ほぼ無音なんだけど、その無音の間に流れるシーンに胸がグィィィィンとなる。無音の間に流れる、スーハのどアップと、サイードの母ちゃんが出てくるシーン。もうこれ泣かしにかかってるだろ。ハーレドなんか泣いてるしさ。反則だぜ、おいおいおい……(眠気が勝っていて、涙は出なかったが)。


 でもこの映画を作った人が言いたいであろうことは、だいたい劇中でスーハが代弁しているってな感じでしょうか。たしかに、彼女が正しいんですよ。だけれども、現在進行形で苦しんでいる人にそれを言っても、彼らの心に彼女の言葉は何も沁みないどころか、反感を煽るだけなのだなぁ、と。

 この映画はアメリカなんかでは、案の定シオニストユダヤ人団体に「テロリズムを肯定する映画」としてバッシングを喰らっていたみたいですが。実際、この映画は真逆のことを伝えようとしていたのでは? ただ、そのメッセージがシオニストたちにとって都合の悪いことであるのは確かで。闇が深いなぁ、と。

 そしてスーハの台詞に「日本のミニマリストみたいな映画って知ってる?(うろ覚えなので正確ではない)っていうのがあったのですが。この台詞が登場する経緯は省くけど、まあざっくりいうと「世界一つまらない映画の代表格」みたいな感じで登場したものです。

 やっぱり日本の映画って、他国から観てもつまらないものなんですね。日本人もそう思うもの。邦画、マジでクソ。最近なんかの映画がパルムドールを取ったらしいけど、パルムドールを取った!ってだけで大喜びなんだから、やっぱり邦画のレベルってたかが知れてるんだと思う。

 それに同じ「つまらない映画」だとしても、まだ堅苦しいフランス映画とか、やたら難解なイタリア映画のほうが見れるって思うもの。バックボーンにある歴史とか、調べて勉強してみようって思えるし。

 その点、日本の映画って「人情」だけが前面に押し出されてて、深みもくそも何もないんだよ。イイハナシダナー(白目)、で終わり。なんで、もっと掘り下げられないのだろうか。高尚な邦画()よりも、少年漫画のほうがよっぽどそこらへん出来てるぞ?

オマールは恋人に会いにいくにも、隣国の兵士を警戒しなければいけない


 途中にちょろっと登場する白猫ちゃん、めっちゃ可愛かったよ(殴

 んんっ(咳払い)

 「オマールの壁」は冒頭15分は誰が見ても胸糞です。イスラエル兵士の悪質さよ(一応「あの映画はフィクションですから」と書いておこう。現実はフィクションとどっこいどっこいらしいが)

 そして全体の感想を一言でいうなら「誰も報われない」ってとこでしょうか。組織のリーダー格だったタレクも、タレクの妹のナディアも、友達のアムジャドも、そして主人公のオマールも。

 ただ全員、自業自得といえばそうなる。そこがまた胸糞ポイント。彼らの生きる環境が悪かった、そこが原因としてあるけれども。結局はすべて彼ら自身が選択したことで。

 各々、みんな悪いんだ。だから救いようがないのだ。だから胸糞悪いんだ。

 ラストシーンで一瞬のカタルシスがあるものの、そのカタルシスの代償って……想像するだけで恐ろしいのなんの。そのあとオマールはどうなるの?って、そりゃ今まで以上の生き地獄が確定ですがな。


 そんなこんな。観る前に、多少の前提知識が必要な映画なのかな?とは少し感じた。

 まずアラブ……というか、イスラーム式の結婚。地域や国も依る(らしい)けれども、男はまず「彼女を幸せにできます!」ということを経済力で示さなければいけない。結納金ってやつです(主人公のオマールも、恋人と結婚するためにコツコツ貯金してます)。それ以外にもイスラーム式の結婚には制約とかがあるそうですが、それはまあ興味がある方は各自で調べてみて下さい。「前提知識」としては「結納金」さえ知っていればだいたいok。

 そして、そもそも論ですね。ヨルダン川西岸の一部を、イスラエルが現在進行形で実効支配していること(違法でしかないし、そのやり方が卑劣この上ないこと)を多少は知っていたほうがスムーズに映画を観れるでしょう。


 悪質な実効支配を進めるイスラエルと、デモという名の暴動でそれに抗議するパレスチナのどちらを支持するかは人それぞれ。

 ただ、これらも知っておかなかればいけない。
 右傾化する政府に不信感を露わにして現政権に対する抗議デモを行うイスラエル人も居ること。
 そしてイスラエル政府が軍需に予算を割くあまりにそれ以外がなあなあになり、中国ばりの格差社会が生まれ、ホームレスのイスラエル人がまあ多いこと。
 それとその昔、何も知らなかったパレスチナ人が、後にイスラエル人となる入植者に土地を自ら望んで売っていたこと。
 さらにロケット弾を打ち込んだり自爆テロなりをして、それなりの数のイスラエル人をパレスチナ人が殺していること。

 それらも知ったうえで、部外者がどちらを支持するかは人それぞれ。イスラエル国防軍の汚いやり方も許しがたいし、デモとは名ばかりの暴動を起こすよう扇動するハーマスもファタハも如何なものだろう? とはいえ、それらはあくまで2国家で解決すべきこと。日本がどうこう言うべきではないし(5月上旬の、アッバス議長に対する安倍さんの発言は賢明だったと思う)、アメリカもどうこうすべきじゃなかった。


 そしてこの映画に関しても「主人公に対してどう思うか」が、知識のあるなしで変動するのではないかな、と思います。

 前提知識がゼロの状態で見れば、主人公オマールは救いようのないただのテロリストです(ここは「パラダイス・ナウ」にも共通して言えること)。でも「”テロリスト”がどうして誕生するのだろう?」ってことを考えてみると、ちょっと違う答えが見えてくるのでは。

 繰り返しになるけどね、結論を言うと「みんな悪い」なんです。でも、それを覚悟の上で観てほしいなーって、そう思います。


 「パラダイス・ナウ」は一回見ればそれでいいかな、ってちょっと思ってしまったけど(あまりにも単調過ぎた)。「オマールの壁」はDVDを買おうかな、とやっぱり思えた。

 問答無用でおススメです。観ても損はない。胸糞悪さが残るけれども、それは一種の糧になる胸糞悪さであって、決して害悪なものじゃないさ。

 っつーわけで。「日本のミニマリストみたいな映画」や「少女漫画実写映画」ばっかり見てないでさ。ちょっとばっかり外国のマイナーな映画にも目を向けてみようぜ? な?