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人間には女と男しか存在しない? ― 「いいえ、胎児の時点ではどちらでもあるし、どちらでもない」性分化プロセスから考える肉体的性別のお話

  先日、何かのきっかけで性分化に関する話をしたところ、「なんでそんなことを知ってるの??」という驚きに満ちた反応を返され、返答に困ったことがあった。

 世間一般に広く知れ渡った常識とまではいかないのかもしれないけど、ざっくりとした知識ぐらいは誰しも持っているものだろうと、自分は思っていたのだ。だが、そうでもなかったことを知り、むしろこちら側が驚かされてしまった。「えっ、なんでそんなことも知らないの?」ってな感じに(字面にしてみると、ナチュラルに嫌味だなぁ)。

 そのあと、ちょこっと調べてみたら、性分化については医学部2~3年次ぐらいに習うものであるとか、なんとかで。言われてみると、たしかに「なんでお前が知ってるんだ」ってなるね。自分でも、どこで見聞きしたのが最初なのかは思い出せないが、なんでか知ってたんだよなぁ。どうしてだ?

 とかなんとかで。「性分化」に関する話を、ここ数日抱えているモヤモヤ(前記事参照)と共に思い出したので、ちょっと書き残しておく。

 気が向いたら、今後もこういう記事を出していこうかね。書いてて楽しいし。小説には蛇足過ぎて書けなかった知識を掲載するコラムみたいなやつ、いいかも。

留意事項:この記事で取り扱う性別とは「肉体的性別:セックス」のほうであり、「精神的性別:ジェンダー」のほうではありません(記事はジェンダーのカテゴリーに振り分けられてるけど、今回はジェンダーのお話ではないです)。また、性的指向についても取り扱っていません。「なんのこっちゃ」と違いが分からないという方は、もうちょい勉強してからまた来てください。でないと今回の話は理解できないでしょう。

性染色体は「XX」と「XY」の組み合わせしか存在しないわけではない

 性染色体が「XX」だと「Female」になり、「XY」だと「Male」になるということは、義務教育で習った(かどうかはちょっと確信が持てないけど、そうだった気がするよ?)人も多いと思うので、大半の人が知っているだろう。が、性染色体の組み合わせはそれだけではないことを知っているだろうか。

 性染色体が「XXY」のパターン(※:X染色体が2本+Y染色体が1本のケースが最も多いが、X染色体をより多く保有しているケースもある)。これは「Male」の外形を持つ人物に稀に見られるもので「クラインフェルター症候群」という名前が付いている。

 が、当事者の中には「自分がクラインフェルター症候群である」ことを知らずに過ごしているひとも少なくないらしい(見た目ではさほど分からないということ)。最近だと、不妊治療の際に偶然発覚することが増えているそうだ。

 クラインフェルター症候群には、一般的に以下の特徴があるとされている(無論、個人差がある):

不妊、精巣が小さい、第二次性徴が平均よりも遅れて顕れる、身長が高く四肢が長い、性格が温和、軽度の知的障害ないし発達障害、太りやすい体質、女性化乳房、など。

 性染色体が「XY」のパターン(※:X染色体が1本+Y染色体が2本のケースが最も多いが、Y染色体をより多く保有しているケースもある)。これも「Male」の外形を持つ人物にそこそこ見られるもので「ヤコブ症候群」(※:ヤコブ病またはクロイツフェルト・ヤコブ病というものがあるが、あれは神経難病であり、ヤコブ症候群とは別のものである)という名前が付いている。

 ヤコブ症候群は、クラインフェルター症候群と共通する特徴を多く有しているものの、クラインフェルター症候群より不妊の確率は低いとされているそうです。それから「歯が平均より大きい」というケースも見られるらしい(余談:最近の子供の中には、永久歯が平均よりも大きくて本数が少ない子がちょくちょく居ると聞いた。栄養状態が良好だからという説もあるらしい。が、発達障害の増加傾向とかもそうだけど、高齢出産が増加している影響もあると思うんだよね)

 そして性染色体が「」しかないパターン(※:1本しかないX染色体に欠損が生じているケースや、そもそもX性染色体すら無いケースもある)の場合。これは「Female」の外形を持つ人物に見られるもので「ターナー症候群」という名前が付いている。

 ターナー症候群には、一般的に以下の特徴があるとされている(無論、個人差がある):

不妊、低身長、心疾患といった循環器系の不具合、「翼状頸」と呼ばれる台形様の首(蝙蝠の翼のように、首の皮膚がピンと肩まで張っている; 極度のいかり肩のようにも見える?)、第二次性徴が無い/または平均よりも遅れて顕れる、前腕が外側に反り返っている、等。

 クラインフェルター症候群やヤコブ症候群と違い、知的障害が見られるケースが少ないこともターナー症候群の特徴です。

 最後に性染色体が「XY」のパターン(※:X染色体が3本のケースが最も多いが、X染色体をより多く保有しているケースもある)。これは「Female」の外形を持つ人物にそこそこ見られるもので「Xトリソミー」という名前が付いている。

 Xトリソミーは見た目でパッと分かる特徴のようなものがなく、身体異常も稀で、軽微な知的障害/発達障害が見られる程度。妊孕性にも問題がないケースが多く、多少の発達の遅れが見られることの他には健常者と大差があまりない。

 ――他にも「脆弱X症候群」というものもあるけれど、これ以上導入部が長くなるのは勘弁なので割愛。

 この通り、性染色体(に限らず、常染色体にも言えることではあるが)は不確定要素みたいなものであり、「運」みたいなものに左右されるとこがある。なので「男性であればXY」「女性だからXX」という常識は必ずしも「当たり前」ではないことが理解できるだろうか。

余談of余談:性染色体に「Y」が無い場合、及び性染色体がそもそも無い場合、ヒトの形態は「Female」を取る。「Y」が加わることによって初めて「Male」の形態となる。しかし「Y」しか存在しない場合は、そもそも生命が発生することさえ叶わない。このことから「女は存在、男は現象」という言葉がある。この言葉から、稀に「だから男は女より凄いんだぞ!」みたいなトンチキを言い出すアホも現れるが「ンなわけあるかよ、バーカ」と書いておきます。 逆に言うと、ヒトの単為生殖が可能になれば「現象」に過ぎないMaleは淘汰され、やがて消えていく可能性もあるということ。まあ、単為生殖は絶滅のリスクが高い生殖方法ですので、ヒトのMaleが消える未来は来ないでしょうけどね……たぶん。その可能性がないわけではないでしょう。

性染色体に沿った姿かたちを得られることは、実は奇跡的なものであって、決して「当たり前」ではない

 性染色体の組み合わせは必ずしも「XX」「XY」だけではない、ということをここまで説明してきたが。お次は「性染色体が示す性別どおりに性が分化するとも限らない」というお話をしましょう。

 性染色体の話からすると、なんだかんだでヒトは「Female」か「Male」しか存在しないように思えますが。実は誰しも「FemaleでもMaleでもないし、どちらでもある」みたいなニュートラルな時代を経験しているのです。――そう、胎児の頃に!!

 胎児っていっても、妊娠6週目前後の頃のお話。そして性分化のプロセスが始まることで、流産が起こる可能性も出てくる時期でもある。

余談:流産って、努力とかで防げるようなものでもない本当にどうしようもない生理現象です。受精卵が深刻な染色体異常を抱えていた場合に起こるもので、「命となる可能性が低い卵を淘汰し、母体を守るシステム」なのだ。流産とは、受精した時点で決まっていた変えられない運命ともいえる。つまり「母子ともに健康な出産」って本当に奇跡なんだよ。凄いことなんだからね??

 性分化が始まる前の胎児は、性分化に関連した内臓として「未分化性腺」「ミュラー管」「ウォルフ管」の3点セットを保有しており、この時点ではまだ性別がありません。

 やがて性分化が始まると、保有する性染色体に沿って変化が起こります。

 Femaleが選択された場合。未分化性腺は「卵巣」に変化していき、ミュラー管が「卵管・子宮」に変容して、ウォルフ管は「消失」していきます。やがて膣が形成されて「女の子」になっていく。

 Maleが選択された場合。未分化性腺は「精巣」に変わり、ウォルフ管が「精管/精嚢」に変容して、ミュラー管が「消失」します。やがて陰茎が形成されて「男の子」になっていく。

By OpenStax College - Anatomy & Physiology,
Connexions Web site. http://cnx.org/content/col11496/1.6/,
Jun 19, 2013.,
CC BY 3.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=30148605

 ――ただし、これは正常な場合のお話。ここでエラーが生じる場合があるのです。それが「性分化疾患(※注意:前項の「性染色体の異常」も性分化疾患の形態のひとつ。ただ、今回は分かりやすいように「性染色体に由来する疾患」と「それ以外の理由に由来する疾患」に分けた)」である。これがケースバイケースで、個人差が激しすぎるのだ。

「見た目はFemaleだし、膣っぽいものもあるのに、だけど子宮が無くて体内に二つの精巣があるよ?! 性染色体もXYだった!!」※精巣女性化症候群ないしアンドロゲン不応症

「見た目はFemaleだし、卵巣もあるのに、陰茎っぽいのがついてる! でも性染色体はXXだよ!?」 ※副腎性器症候群

「見た目はFemaleっぽいし、卵巣も子宮も揃っているのに、膣が形成されていない」※先天性膣欠損症 

「見た目はFemaleで、第二次性徴もちゃんと来たのに、膣も子宮も無い」※ロキタンスキー症候群

「見た目はFemaleだし、膣はあるし子宮もあるのだけど、体内には卵巣ひとつと精巣ひとつがある……」

「見た目はFemaleで、膣はあるし、卵巣が二つあるのに、子宮だけがない!」 

「性染色体はXYで、見た目はMaleのようだし、陰茎はあるものの、精巣が両方ともなく、幼児のような体型を引き伸ばしたような姿をしている」※無睾丸症、片方がない場合は単睾丸症 

 などなど……――60種類以上あるとか、なんとか。長くなるのでこの程度で終えておく。

 あと、性別違和(※トランスジェンダーという言葉の意味が拡大し過ぎているので、今回は敢えてこちらの名称を用いている)も一種の性分化疾患ともいえるだろうね。性別違和の場合、体は健康そうな「Female」「Male」に見えていたとしても、胎児のときにホルモンバランスが少し乱れてしまった瞬間を経験して(※ホルモンの恐ろしさは、少しだとしてもメンタル面に甚大な影響をもたらすこと。臓器に深刻な異常が起きなかったとしても、脳は重大な混乱を経験していた可能性だってあるだろう)、性別がこんがらがってしまった、みたいな場合もありうるだろうし。まあ、医者じゃない人間の浅知恵に基く考えですが。

 そんなーこんなーで、自分は思うわけですわ。こんだけの数の性分化疾患があるのに、ヒトの性別を「女と男しかいない」みたいに単純化しちゃっていいの?って。悲しいことにデメリットを伴うかたちが多いとはいえ、多様な性発達の道が存在している以上、その全てを強引に「女か男か」に分けてしまうのは無理がある。白黒つけずにお茶を濁してしまうことが良い場合もあるのだ。

 無論、疾患は疾患であって、無いほうが良いに決まってるけど。でも「疾患があるから間違った存在だ」「お前は出来損ないの女だ/男だ」としてしまうのは如何なものかと思うし。「私は女/男であるべきなのに、この体はどうしてそうじゃないの!」と必要以上に苦しむ必要もなくてもいいと思うわけだ。

 だから落としどころとしては「女と男という二極はあるけど、その間にスペクトラムがあるのよ、完全な女や男なんて滅多にいないのよ」ってとこでいいんじゃねぇっすかね。

 性分化疾患の当事者はこの表現を嫌がることが多いとは知っているものの、でも全方位に配慮をするとそう言うしかないだろ、っていうのが個人的な意見です。逆に、性別違和/トランスジェンダーの方々にも言えるのだけど、そういった「男性」「女性」のいずれかにこだわる態度が逆に「その他大勢」に、それこそ「マジョリティ」の側に窮屈さを与えることがある。

 抱えている苦悩に理解は示すが、男女の二極にこだわらない柔軟性が欲しいところです。

 そして実際、肉体的な性別さえもグラデーションな側面があり、海の生き物の中には「状況に応じて性別を変えてしまう」生態を持つ生き物もいる(クマノミが有名だが、個人的に好きなのはネコゼフネガイである)し、粘菌なんて「性別とは?」みたいな存在の極致である。人間には「状況に応じた肉体的な性別のチェンジ」ができないだけで、でもそれができる生物も居るわけだから、性別はグラデーションってことにしといたほうが傷つく人を最小限にできるのではないだろうか。

 なので、自分個人としては「ネクスDSDジャパン」に代表されるような偏った言い分には賛成できません。あなた方の苦悩や辛さは否定しないが、だからといえ他の人々の苦悩を解決するための道を「お気持ち」で閉ざして良いわけじゃないのよ、と言いたい。 

 性別=ジェンダーアイデンティティの欄に「その他」があることで救われる人々が居るのだから、それを自らの性別=セックスの問題と繋げてヒステリーを起こしてしまうのは、知識と想像力の欠如というほかないし。性別違和を抱えた当事者や、「無性・中性として生きることを望む人々」を「お気持ち」で攻撃することも絶対に違います。  

 生理が重いFemaleなんて、そこそこの割合で「男性ホルモンが多め」だったりするわけだし。粗チンのMaleだって「男性ホルモンが弱め」な可能性もある(自覚なき性分化疾患の可能性すらある)。そのひとたちが「完全な女/男」であるかなんて、断言できないでしょう。

 人間には女と男しか存在しない、という考えは本当に了見が狭い。性別は不確定要素と奇跡の上に成り立っているものであり、健康な姿はあれど正解の姿なんてないっつーことを、どうか知っておいてもらいたいなー。